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| 五百仏山 根来寺 智積院 | ||
| 全国より、数千もの学侶が集まった仏教学府、学山智山 | ||
| 智積院は、五百仏山 根来寺 智積院と称し、紀州根来(現・和歌山岩出町)にあった真言宗の巨刹根来寺の学問所として、室町時代の初期に長盛−ちようせい−と言う学僧によって創建されました。以来、真言宗の学問の寺として栄えましたが、戦国時代に豊臣秀吉に攻められ智積院は根来寺とともに荒廃してしまいます。難を逃れた玄宥‐げんゆう‐僧正と学侶達は、苦難の末に徳川家康の寄進を受け現在の地に智積院を再興しました。その後『近代師』と讃えられた中興大七世運敞‐うんしょう‐僧正の時代には、全国から雲集する学侶が1000人を超え、その様は『朝粥をすする音が七条河原まで聞こえた』ほどであったと伝えられています。また仏法研鑚のみならず、八宗兼学、諸学の道場として天下に『学山智山』とも讃えられた智積院には、『智積院の昼寝』という言葉も生まれました。これは、修行中に昼寝をしているような者でも勉強になると言う意味で、江戸時代の最高学府であった智積院の面目を良く伝える言葉です。明治期には、廃仏殷釈の影響によって再び苦難の時代を迎えましたが多くの僧侶・檀信徒に支えられ今日に至っています。 現在の智積院は、学問と修業道場としての伝統を守りつつ、真言宗智山派3.000カ寺の総本山として、また仏法や弘法大師の教えを広く社会に伝える真言密教密教の寺院として活動報告し、参詣する皆様をお迎え致しております。 |
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| 諸堂の説明は、http://www.chisan.or.jp/sohonzan/keidai/index.html |